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「とおりゃんせ」はめちゃくちゃ恐かった‥。神隠しの唄?間引き??子殺し???

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tooryanse

通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの 細通じゃ
天神さまの 細道じゃ
ちっと通して 下しゃんせ
御用のないもの 通しゃせぬ

この子の七つの お祝いに
お札を納めに まいります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ

「帰りはこわい」ってなんだ‥?

向かい合った2人の子供が両手を繋いであげて関所を作り、「とおりゃんせ」を歌いながら、他の子供たちが並んで列となってこの腕の下を一人一人くぐっていく‥。そして、歌の終わり‥。
両腕をあげていた子供たちがさっとその腕をおろす‥。ちょうどそこに行きあたった子がつかまって関所の役人の子供と交代する‥という「子とりあそび」です。

(ちなみに以前、「ゆびきりげんまん」についての記事も投稿しました。興味のある方はのちほど合わせてどうぞ‥)

「ゆびきりげんまん」の意味と由来がめちゃくちゃ恐ろしい

「とおりゃんせ」の歌詞の謎

江戸時代から伝わっているわらべうたの「とおりゃんせ」

「御用のないもの 通しゃせぬ」

ということなので、

「この子の七つのお祝いに お札を納めにまいります」

とその用件を伝えて、実際にちゃんと通れているわけで?

なのにどうして「行きはよいよい 帰りはこわい」となるんだろうか‥?

本来ならば逆「行きはこわい 帰りはよいよい」じゃないの‥?

なにやら不気味な雰囲気が‥。

「とおりゃんせ」は「神隠し」の唄

「とおりゃんせ」「神隠し」=「口減らし」のことを唄ったものだという解釈があります。

「神隠し」「間引き」の隠語でもあります。

「間引き」とは、もともとは植物の栽培において、苗があまりにも密生しすぎてしまって全てに充分な栄養が行き渡らないため、少しのものだけを残してあとの苗を引き抜いてしまうという「作業」のことを指しています。

「増えすぎたものを人為的に減らす」

これを人間に当てはめてみると‥? (って植物ならいいのか??)

新しく生まれた赤ちゃん‥。

でも‥これ以上子供を育てるのはもう無理‥。

だから‥‥。

これを「子殺し」と言います。

その罪悪感をごまかすために神様の仕業にして「神隠し」としたんですね。

ちなみに「口減らし」とは、家族が多すぎると食べていけなくなるので、家計の負担を軽くするためにその人数を抑制しようとする風習のこと。
子供を奉公に出したり養子にやったり、最終手段としては「赤ちゃんや年寄りを捨ててしまう」という子捨・姥捨にて、養うべき家族の人数を調整します。


上記の通り、「とおりゃんせ」「神隠し」の唄なのだそうです。

だからこその「行きはよいよい 帰りはこわい」というわけです。

我が子をその手にかけた帰り、良心の呵責に耐えられず‥。

通りゃんせ 通りゃんせ
ここは冥府の細道じゃ
鬼人様の細道じゃ
ちっと通して 下しゃんせ
贄(にえ)のないもの 通しゃせぬ

この子の七つの 弔いに
供養を頼みに まいります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ

「この子の七つの お祝いに」とは?

なぜ「七つ」なんでしょう?

昔は七つまでは神のうち」という「7歳までの子供は神様の子」との考えがあり、「この世」と「あの世」のうちで、どちらかといえば「あの世」の方に属しているものとされてきました。

この考えは2つの側面をもっていて、1つには当時は乳幼児の死亡率が非常に高かったことで、もしも子供を幼くして亡くしたとしても「神様に愛された子だった」「神様からの預かりものだから」という慰めとあきらめの意味をもつとするもの。

もう1つが、7歳までならいつでも神様にお返しすることができる、つまり「間引き」「子殺し」ができ、それは人殺しなどではなくただ神様に子供をお返ししただけということを意味しているとするものです。


7歳になるまではまだ人間社会の一員ではなく、あくまでも「神の世界の子」、七つになってはじめて無事に「この世」で7年を過ごした「人間の世界の子」として人格が認められ、その「我が子」の成長の報告とお礼のために「氏子」として天神さまにお参りに行くというわけです。

この「7歳まで無事に育ってくれました」という報告と感謝のお祝いが、七五三の始まりとなったそうです。

ネタバレとして実際のところは「とおりゃんせ」の舞台は、埼玉県川越市の三芳野(みよしの)神社とされています。

童歌「とおりゃんせ」は当社の参道が舞台といわれる。 当社は川越城築城により天神曲輪に位置することになり「お城の天神さま」と呼ばれた。 城内にあることから一般の参詣ができなくなったのだが、信仰が篤いことから時間を区切って参詣することが認められた。
しかし、この天神さまにお参りするには川越城の南大手門より入り、田郭門を通り、富士見櫓を左手に見、さらに天神門をくぐり、東に向かう小道を進み、三芳野神社に直進する細道をとおってお参りしなければならなかった。 また、一般の参詣客に紛れて密偵が城内に入り込むことをさけるため、帰りの参詣客は警護の者によって厳しく調べられた。 そのことから「行きはよいよい、帰りは怖い……」と川越城内の子女の間で唄われるようになり、それが城下に流れ、武士や僧侶、町人たちによって江戸へ運ばれ、やがて全国へ広まって行ったものである。
(wikipedia)

また、「とおりゃんせ」が恐ろしい唄とされている「帰りはこわい」についてですが、実際は「こわい」「恐い」ではなく、北関東以北で用いられる方言で「疲れた」の意味、だそうです。

そうなると、「こわいながらも 通りゃんせ 通りゃんせ」「疲れたでしょうが、さあお通りなさい」という、いきなりハッピーな展開になってしまいますね。

さて、あなたはどちらを信じますか?

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